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Statements / 2015年2期 4月13日〜6月15日
ワークショップ開講にあたり 金村修が寄せたテクスト
2015_02
ステートメント
ロバート・フランクの『アメリカ人』のコンタクト・プリント集を見たとき、どのカットも素晴らしく、これなら何を選んでもいいのではないか、全部プリントしてしまえばいいのではないかという、選択を放棄したくなるような無責任な欲望に誘惑されそうになる。選択を放棄したくなる欲望を喚起させるその原因は、コンタクト・プリントの中にまだプリントされていない傑作が宝の山のように散乱していたからでも、ロバート・フランクは写真の天才で何を撮っても素晴らしいのでもなく、写真というのは元々どれをプリントしてもいいし、どれをプリントしても面白いという特性があり、写したものに面白い、つまらない、の優劣を決定する基準が写真には存在しないのではないだろうか。
写真には選択を可能にする審美的基準が最初から欠落している。審美性が欠落しているという写真の本質がロバート・フランクのコンタクト・プリントの中で剥き出しにされたのだ。それは写真を芸術として形成するための根幹である、審美を判断し、選択することを可能にする主体の形成を廃棄することを要求するだろう。たくさんの写真の中から、どれか一枚の傑作を選択するという審美的判断を決定する写真家の能動性。写真を選択する/できるという写真家の芸術的プライドを形成する審美的判断は、自分は写真が分かっているという自尊心を満足させる以外に何のために存在しているのだろう。カメラで撮ればすべて面白くなるという写真の特性を前にして、写真家は一体そこに何を加えることができるのだろうか。対象を正確に写す機械であるカメラとフィルムや印画紙という工業製品でほとんど表現形態が成立している写真に、写真家という主体が入り込む隙間はとても少ない。写真のアイデンティティは、写真家という人間の存在に求めるのではなく、機械と工業製品の領域にこそその場所を求めるべきだろう。
写真において美を判断する作家的主体性を構築することが最終的に可能なのだろうか。撮られた写真はすべて面白いという写真の本質を前にして、所詮一個人の美意識を基準にして行使される、選択という能動性に何か意味があるのだろうか。現代写真の父と言われるアジェが最初から表現意識を欠落させていたように、表現を可能にする主体の放棄を前提として成立する写真の領域に、写真家という主体を立ち上げることができるのだろうか。
写真家個人に選択された何十枚の写真が、更に玄人を自任する観客の審美眼に晒された後に、運が良ければそこから写真史に永遠に残ることを許可された傑作という称号を与えられる一枚の写真が選択される。元々迅速に大量に対象を正確に捉えることが目的だった写真というメディアに、最初から傑作という芸術的価値を生み出そうという意志は存在しなかったろうし、生活の糧として写真を撮っていたアジェにしてみれば、傑作という概念ほど彼にとって程遠い考えはなかったように思う。アジェが絵描きのための資料として写真を撮っていた事実は、そこに表現的な意識は最初から存在せず、カメラという最新の機械を導入することで仕事と顧客を新しく切り開いていこうという、むしろ最先端の機械を仕入れて新しい産業を起業し、未来のマーケットを勃興させようという新興の起業家的な会社設立意識とそれはあまり変わらなかったのではないだろうか。
アジェにとって写真を撮って、プリントをする過程は表現過程というよりも、工場の生産ラインのイメージに近い。アジェの写真に対する意識は表現者というよりも、絵描きのための資料を撮るという職業意識に近いものであり、それは芸術というよりも、労働と生産という意識の方に近いのではないだろうか。カメラという新しいテクノロジーは、筆と絵の具で書かれたタブローよりも、もっと迅速に、大量にそしてより正確にイメージを生産することができる。イメージを迅速かつ大量に生産できるという近代的テクノロジーの産物であるカメラを選択したアジェは、カメラを代表にした近代的テクノロジーの特性によって形成されるイデオロギーに彼の写真観は構築されるだろう。芸術の本質であるオリジナルで、世界に一つしかないという一点性ではなく、誰にでもすぐ撮れて、反復可能で同じようなイメージが大量に創出可能な写真は、傑作という天才の手による突出した作品ではなく、凡庸で誰にでもできる工業製品のようなものに芸術が変質することを肯定する。
誰にでも正確に対象を撮れるという写真の簡易な特性が、20世紀初頭の写真家を未開の奥地に誘うだろう。誰も見たことのない未開の世界を撮りたいという、オリエンタルな欲望を喚起させるカメラの簡易な機能は、未開の奥地という世界の外部を、エキゾチズムという帝国主義の欲望の中に内部化するだろう。ヨーロッパという世界の外部の存在するアフリカや東南アジアという、まだ誰も見たことのない世界をカメラで撮影することで、誰も知らなかった未知の外部を内部化、文物化する(カメラが発明されて数年後には、アフリカや日本、そしてアメリカの南北戦争まですぐに撮影された。撮影されたたことで、了解不可能だった外部の現実が、実は何も進歩していない野蛮で原始的な世界であり、我々ヨーロッパの援助やアドバイスや教育が必要な世界だという、保護されて、救済されるべき対象として、要するに未知の世界は、我々ヨーロッパよりも劣った存在として了解されたのだ)。写真は了解不可能なものを了解可能なものに転換させる植民地的な風景を肯定する暴力的な装置なのだ。
植民地的な風景を成立させる写真と20世紀初頭の資本主義は、その了解不可能なものを可能なものに転化するということで、両者は通底的な関係を持つだろう。資本主義の本質である資本の自己増殖という無目的な運動が利潤を追求し、利潤が差異によって生み出されること知っている資本の無意識的な本能が、その運動を国内に留まるだけでは許さずに、より国外に、自己の外部に向かって資本が外部を自己の内部に無限に囲い込む。外部の内部化が資本主義の運動であり、外部を内部化するときに生じる外部と内部の差異が利潤を生み出す(例えばヨーロッパとアフリカの非対称的な関係が非対称的なままヨーロッパの内部に取り込まれるとき、利潤が発生するように)。20世紀初頭に表われた資本主義のイデオロギーと了解不可能なものを可能なものに変質させる写真は互いに近似する関係なのだ。 技術革新の高次な進歩である産業革命によって大量生産/大量消費を可能にした社会環境の変化に伴うように、写真が20世紀の近代社会に現れた。写真はだから芸術よりも近代の申し子であり、写真が模倣するのは近代以前の芸術ではなく、未知の世界を撮影することで了解不可能な世界を、了解可能なオリエンタルな美に回収する近代を模倣し続け、何度もそれをなぞり返すだろう。貿易関係の不平等で非対称的な関係を持続し続ける近代と見る/見られる、の非対称的関係を維持し続ける写真は、徹底的に近代に寄り添い続けるメディアなのだ。
アジェを古典的な芸術家として規定するよりも、“絵描きのための資料”を売買していた彼は、絵画という芸術の中心を占める文化産業を支える下請けの零細企業家のような存在であり、それは彼の自意識を芸術家というよりも工場労働者のようなプロレタリア的な意識に類似させるだろう。最初から表現者としての主体を持つことのできなかった写真は、主体の領域がブルジョワ階級に収奪され、根絶やしにされているという意味ではマルクスの言うようにプロレタリアートの概念に当てはまり、写真はだから芸術のプロレタリアートとしてブルジョワ階級の前にその姿を現すだろう。絵画を支える資料として自己規定したアジェに代表された写真家は、絵画や絵描きという芸術の主体的存在に使われることで、写真家としての己の価値を決定させられる。主体ではなく、客体のレベルでその価値を決定される写真の構造は、自身で自身の価値を表明できない、主体を収奪されたプロレタリアートが、ブルジョワという産業社会の主体によって己の価値を決定されるという資本主義社会の構造と類似するだろう。写真家はだから芸術家ではなく、常に主体を搾取され続けている労働階級であり、彼らがものを作る姿は作品制作という作家的主体がイニシアチブを握って作品という客体を創作する姿ではなく、自身の主体を工場の歯車とベルトコンベアーの動きにすべてを丸投げして支配される存在なのだ。自身が機械を操作し、製品を作る主体的立場ではなく、工場の中における歯車やベルトコンベアーと同じような客体の位置に近傍する。それは20世紀にアメリカで現れた大量生産を可能にするフォード式工場の労働者の姿に近いだろう。
スロッピング・グリッスルを筆頭に80年代以降に登場したノイズ・グループの“インダストリアル・ピープルのためのインダストリアル・ミュージック”というスローガンは、19世紀の終わりにアジェがすでに実践していた。写真は美のためにではなく、資本主義社会の勃興と共に現れた都市労働者階級のための芸術なのだ。チャップリンやキートンの映画が都市や工場の近代的な速度を表出したように(“ベルトコンベアーにおいて生産のリズムを規定するものが、映画において受容のリズムの基盤になる”)、写真もまた産業社会の速度や視覚と共にその歩みを進めるだろう。
高層ビルが立ち並ぶニューヨークを撮り続けたベレニス・アボットの都市写真が、絵画コンプレックスの影響からカメラという機械やフィルム、印画紙という工業製品を使用した痕跡を抹消しようとピントを浅くして、まるで筆で書かれたようにタブローに似せるサロン・ピクチヤーの努力を廃棄するだろう。ピントはパンフォーカスで手前から後まで合うようになり、撮影者の予測もつかない偶然を次々と画面に入れていくその撮影態度は、自身の出身を明らかにしないまま、タブローの真似を続けていたいかがわしいサロン.ピクチヤーの姿ではなく、カメラとフィルムと印画紙という機械と工業製品に、写真家という工員的存在によって作られた芸術であるという、プロレタリアの出自を明らかに宣言した写真的身体と呼ぶべきものが公然と出現する。都会の看板や雑誌の文字や建設途中のビルに、街頭を歩いている偶発的に入ってくる群衆という今まで美しいと思われなかったものに写真は目を向け始める。タブローの真似ではなく、カメラとフィルムと印画紙という工業的過程から誕生した事実を明らかにした写真的身体は、インダストリアルな20世紀の現実を肯定するだろう。インダストリアルな現実を描けるのは絵画ではなく写真なのだ。芸術ではなく、近代産業の申し子として生まれてきた写真こそが、インダストリアルな現実を描けるだろう。写真は撮影者という人間の身体とカメラという機械の組み合わせによって生まれる芸術であり、“身体と機械の組み合わせによって生じるポテンシャルが物質的に現動化される一種の工場”、それは工場における機械と工員との関係に照応する。
資本主義は懐かしい昔に決して後戻りすることができない制度であり、インダストリアルな現実がいくら労働者階級を疎外していると叫び、否定しても決して後戻りすることをしない制度なら、その現実を更に加速させるように都市労働者階級を出自にする芸術は要求する。オーストラリアのシドニーで精神科看護人だったグレアム・レベルと患者だったニール・ヒルが結成したインダストリアル・ノイズ・グループS.P.Kが(ドイツのバーダー・マインホフ・グループに呼応した社会主義患者集団S.P.Kという精神病院の廃棄と精神病患者の解放をスローガンにした60年代末期のドイツ極左グループの名前)、“kill for inner peace, bonb for mental health, therapy through violence”と叫ぶ。イギリスのスロッピング・グリッスルがチクロンBとI.B.Mと絶滅収容所について唄い、イタリアのM.Bが『Symphony For A Genocide』で、トラック名をすべて各地の絶滅収容所の名前で統一したように、インダストリアルな現実が生み出した最悪の現実をさらに加速させ、行き着くところまで行くことを近代社会に強要するだろう。小林秀雄が近代の超克は、近代化を徹底的に遂行することだと言ったように、アジェの写真はそういう意味ではまさにインダストリアルな人々のためのインダストリアルな芸術の道を開いたのだ。インダストリアルな現実は、人々の主体を根絶やしにする。インダストリアルな人々にとって主体性などというのは邪魔な存在であり、S.P.Kのように心の平安を得るためには主体が最初から放棄されているアジェの写真のように、主体を絶滅させなければならない。彼の写真は美に寄り添うのではなく、産業社会の構造と現実に寄り添う。
“インダストリアル・ピープル”とは、機械を動かす/動かせるという主体的な意志決定ができる存在ではない。近代工場における機械の操作はそのような熟練を必要とする主体を必要としないのだ。機械の操作者は誰でも入れ替え可能な存在であり、操作者自身も機械の部品でしかないように、機械が主体であり、人間はその部品でしかない非情のシステムに貫かれている。例えば操作者の事故による怪我は、怪我という肉体の欠損としてヒューマチックに捉えられるのではなく、たんなる故障という意味に転換される。怪我をした工員はたんなる部品の故障でしかなく、部品の故障は迅速に新しい部品に充足される。人間はこのシステムの中では、そんな部品でしかない存在なのだ。機械や工場の前で決して主体として自己の立場を表せない人間。機械や工場、そしてその工場を所有する資本家によって自らの価値を決定させられる主体を奪われた存在が“インダストリアル・ピープル”という新しい階級なのだ。自己の価値を自己で決定できない工場労働者と最初から主体性を放棄した写真の両者は、自己の価値を自らで示せないというプロレタリアートの概念を共有する存在であり、熟練した機械操作を必要としない工場労働者と写真家は、熟練を必要とする19世紀的な職人や画家と違って誰でもできる、誰でもすぐに交換される、近代化された存在だ。工場労働者と写真家は近代を代表する存在であり、徹底的に近代であり続けるだろう。わたし達は自己が自己の価値付けを行うことができない存在であり、そのことが近代のプロレタリア階級の存在証明なら、徹底的に自己の主体性を放棄しなければならない。ノイズ・グループがアンプのボリュームを一杯にしてエレクトリック楽器の制御をコントロール不能の状態にもっていくように、主体性を大音量の騒音の中に廃棄する。プロレタリアートが常に空っぽな存在であるように、写真家が近代であり続けるということは主体の徹底した根絶やしを肯定することなのだ。インダストリアルなプロレタリアートは、ブルジョワに対抗する主体の構築を目論むのではなく、主体性意識を犬にでも食べさせるように主体の絶滅と放棄を促進すべきだろう。
“機械は美しい”、“戦争は美しい”と未来派は宣言したように、写真もまた戦争を客観的に記録として撮ろうと思いながらも、カメラが戦争という現実を撮ると、何故か美しくなってしまう。現実を囲ってしまう写真のフレームという存在が、対象を勝手に美化してしまうのだろうか。フレームされることで現実から何かが失われる。車窓から見える風景が常に美しいように、現実の風景がフレーミングされたことで、それまで対称的なわたしと風景の関係が、いきなり見る/見られる、という非対称的な関係に同定化される。ファインダーを覗くことは、わたしと対象の関係が切り離され、対象はわたしに見られるだけの存在に変換され、それまで関連づけられていた現実とのつながりが突然無くなってしまう。風景の中の一部分でしかなかったわたしの存在が、カメラのファインダーを覗くことで突然中心化され、わたしの視覚が見る/見られる、の関係の中で、特権的な一点として突出する。わたしは対象を美しいものとしてしか見ることができない、観光客のような存在に強制的に変質されるだろう。
写真は美を根底から破壊することができないメディアであり、それは最終的には美の補完物として機能する。写真は美と敵対できない。どんな悲惨な光景でも美しくしてしまう写真は、“悪”そのものであり、写真家はその“悪”をインダストリアル・ミュージックのS.P.KやM.Bのように意識的に背負い続けなければならないのだ。写真にはどんな道徳や倫理も通用しない。写真を“善”として有効利用できると考えている人間は、すべてを美しく撮ってしまうという写真の“悪”の構造に無自覚なだけだ。ベッヒャー夫妻がナチス時代の建築物等々を、感情を誘発しないようにナチス問題を語るために選んだそのカタログ的で無機質な撮影方法は、すべてをカタログ化、平均化する大量生産社会を作り出した近代的テクノロジーのイデオロギーと相似する。被写体のカタログ化は、凡庸な美を表出するだろう。ベッヒャー夫妻のハーフトーンでプリントされた給水塔や鉄工場の写真はとても美しい。無機質な撮影方法を選び、感情を切り捨てていけば、写真は工業製品のように美しくなるのだ。ナチス時代の産物を撮影したベッヒャー夫妻の写真の美しさは、それを部屋の応接間や食堂に飾りたくなる欲望を喚起させるだろうし、ロバート・キャパの写真の格好良さは、見る人間を戦場に行きたくさせるような欲望を誘発するだろう。それはキャパという写真家個人の問題ではなく、すべてを美しく見せてしまうという写真の構造的な問題なのだ。
資本主義の速度と共に誕生した写真家は、独占資本が生み出した大量の近代兵器を、FRONTやその他の戦意高揚雑誌で美しく撮影するようになるだろう。写真の構造的な主体の皆無性が、プロパガンダを目的とした言説にうまく載るだろうし、写真はそれ自身で価値を決定できないから、言説の左右でどんな風にも見えてしまう。写真はそれ自体何の価値もなく、その存在は空っぽであり、その空無性がどんな言説も肯定してしまう。
現実を見ているだけで、何もできない限定的な立場に写真家を閉じ込めてしまう写真の構造的な問題が写真家の主体性を剥奪し、剥奪された写真家の主体性の皆無が破滅的な戦争を美しい風景として撮り、未来派のように戦争をスペクタルとして促進するだろう。戦争は美しく、戦死者や負傷者も美しく、避難民すら美しく撮れてしまう写真の構造的な“悪”。写真が近代であり続けるなら、この“悪”を永久に引き受けなければならないのだ。
資本主義社会は貨幣を交換の主体の位置に設定することで、他のすべてのものを交換可能な、客体的存在に変換させるなら、戦争も戦死者も避難民も客体という、ものとしてしか写せない写真の原理と資本主義のイデオロギーはぴったりと合致する。貨幣と写真はそれ自体に価値はなく、交換された、写された対象によってその価値を表すしかない無価値で非主体な存在であり、主体の存在しない“零度”としての写真に写されることで、戦争や戦死者や避難民が主体の位置から客体としてのものの位置に移行させられる。貨幣という空っぽな存在が価値を決定するように、写真という内実を持たない空虚な存在が撮られた被写体の価値を決定する。“戦争が美しい”のは、戦争が客体化されたからであって、カメラに撮られることによって“戦争が美しい”という“美”の価値を与えられる存在に戦争や戦死者が変質させられたからだ。写真は写した対象の価値を零に戻す。対象から価値を奪い、薄っぺらな印画紙の二次元の存在に変質させる。写真に撮られた戦死者や負傷者は、新聞や雑誌に大量に複写され、印刷されるぺらぺらの紙として流通させられることで、戦死者や負傷者の固有の現実は捨象させられ、写真という抽象的な現実が取って代わるだろう。写されたことで対象は主体の位置から客体の位置に移行させられ、ジャーナリスティックなメディアの中で勝手に評価される存在として、自ら価値を表出できない空っぽな存在に戦争は転化される。自らの価値を自らが表出する主体的な存在から、価値を与えられるただのものに、写真はすべての主体的存在を客体に変質させる魔法の媒体なのだ。
自然の原料に手を加えることで商品に転化することが工業なら、現実の対象をカメラという装置を媒介にすることで写真という作品に転化する両者の存在は照応的な関係を結ぶ。戦争や戦死者、負傷者や避難民という存在にフレーミングという手を加えることで、現実が一気に美的対象として登場する。世界は近代のテクノロジー、カメラによってすべて美しい製品として変質するだろう。写真はだから芸術というより工業の領域に近づき、写真家という存在は工業化に従事する工場労働者なのだ。写真は戦争を“美”というオブジェとして産出する近代式の工業に近似する。
ベルトコンベアー方式で大量生産されるフォード的な近代工場に対して、熟練者の手仕事を対置させても意味がないように、写真は芸術から一部の天才と熟練者の手で生み出される傑作という概念を追放した。写真は迅速に、大量に撮れることを前提としたメディアであり、その特質が21世紀になって誰もがスマホやデジカメで大量に写真を撮る時代に突入したことで写真は飽和状態を迎え、それは大量の写真の海の中から傑作という唯一無比なものを選択できるのかという、傑作の成立不可能性を暴き出した(けれど傑作を選択することが不可能でありながら、写真の世界には日々傑作が生まれ続けている。傑作はインフレーション状態に陥りながらもその存在を廃棄されないだろう。選択をまったくしない写真はありえないし、だからといってすべてを不動の基準で傑作を選択できたという、作者の絶対的な審美眼を肯定することも不可能なように、選択しないことはありえないし、選択した結果が、必ずしも正しい基準に基づいた結果であることもありえない。傑作を選択する基準は常に揺れ動いているのであり、その基準を絶対的に同定化することはできないだろう)。基準の存在しない世界で、果たして一体どんな傑作が可能なのだろうか。
選択の根拠を同一化できない写真に、主体の確立を要請することは不可能だ。主体の確立ができない写真に、傑作を選択して、最終的に決定することができるのだろうか。選択の基準はその写真をどんな風に見せるかを考えることによって、その基準は一つではなく、無数に存在してしまう。他者に見せるという外部を意識することで、選択の基準は日々目まぐるしく変化し続ける。写真の価値は他者が決定するのであり、だからその他者が何を考えているのか分からない。内部に選択の基準を持つことができない写真は、その基準を外部に求めることで、選択を可能にする主体性の確立はますます遠のくだろう。けれど選択とそこから更に絞り込まれた傑作の存在を、常に写真は要求される。
ロバート・フランクの『アメリカ人』が傑作を選択することの不可能を暴き出しながらも、『アメリカ人』は傑作であるという矛盾を写真は受け入れなければならないだろう。傑作はその成立の可能性と不可能性の両者の存在によって成り立つのであり、けれどそれは写真のアイデンティティを成立させるための同一性という根拠を放棄しなければならなくなる危険な失調状態を受け入れることにもなる。傑作という存在の可能と不可能という矛盾した両者の存在を受け入れることで成り立つ傑作に、アイデンティティの根拠は同一であれという自己同一性の原則が、傑作の成立を根底から分裂させるだろう。傑作は己一人で成り立つことができない。傑作は己の傑作という価値を己自身だけで表明することができない(ましてそれが傑作であるというのは、外部の他者が決めることだ。傑作の根拠は写真の内部にあるのではなく、外部に存在する)。傑作はその成立の可能性と不可能性という二つの領域に跨がってしか己を成立させることができない分裂的な存在であり、傑作の根底には常に相反する二人の他者がいることを前提としなければならない。
零戦という熟練の職人と天才的な閃きを持った設計者が考えた戦闘機よりも、グラマンという攻撃、防御、飛行距離というすべてに対して平均点であるような凡庸な戦闘機を近代は肯定する。匠のような操縦者の熟練した技巧が勝敗を決定する一対一のドックファイト的な空中格闘戦を戦術として採用した零戦よりも、相手の戦闘機よりもより高い位置を確保し、先に相手を発見し、高空度から相手の背後を狙う一撃離脱というアメリカの凡庸な戦術が戦闘機による勝敗のシステムを決定したという散文的な事実に、天才的パイロットが操縦する傑出した戦闘機零戦は手も足も出なかった。零戦のロマンスは近代産業における大量生産という散文的事実に負けたのだ。
熟練工のように長い時間をかけて一枚の傑作を生み出すよりも、近代的テクノロジーに依存した誰でもすぐ撮れ、それが傑作だろうが駄作だろうがとりあえず何でもいいというシステムを背景にした、傑作を必要としない凡庸であることを肯定する、図々しく開き直った写真の態度が、グラマンの簡単に製造できて、誰にでも乗れて、誰にでも勝てるというアメリカの大量生産とそれをイデオロギー的に支える、分け隔てなく誰でも平等であるという民主主義的イデオロギーと通底するだろう。大量生産という近代産業を支える民主主義。それは誰でもできて熟練や才能を必要としない制度の肯定であり、誰にでもすぐ作品ができるという短縮され簡易化された工程から産出された写真を支えるイデオロギーでもあるだろう。写真は大量生産社会を可能にした平等で誰にでもできるというイデオロギーに規定されたものであり、その簡易で安価で誰でもできるという写真の本質は、常に取り替え可能な存在である工員が直面する現実そのものに近似する。その意味では写真はファシズムの側ではなく、民主主義の領域に存在するだろう。誰にでも作れる工業製品のように、つまらなく、退屈で、凡庸な美を大量に排出する写真は、ファシズムの神話的な美ではなく、ベルトコンベアーが生み出した美であり、工業製品と共に生まれた写真におけるインダストリアルな本性が暴露される。
傑作という特権的な一つのものを傑出しない工業製品のような作品を産出する写真は、マーケットで売買されるために、時には天才写真家の撮った傑作という衣装を恥ずかしげもなく着なければならない。ものが商品になるには、この製品は他とは違う製品であるという差異化が要請される。すべてが平等で傑出された唯一なものが存在しないという民主主義の均等な平等意識によって支えられる資本主義社会の中で、大量の消費を実現化しようとするなら、大量生産社会の根幹である、みんな同じという平等の概念とは正反対の差異や希少性やオリジナルという概念を導入しなければならなくなる。傑作の成立がその成立の可能性と不可能性の二つの領域を必要としたように、民主主義下における芸術は平等と差異という、相反した二つの要素を導入しなければ成立しないだろう。
芸術であり商品でもあるという根源的な矛盾が、資本主義社下での芸術活動にとって必須の事実なのだ。これは商品ではないというレッテルが芸術作品にとっての商品価値であるという矛盾を、資本主義下における芸術はそれを肯定しなければならない。誰にでもすぐにできる、けれど個性的で誰にも真似できないという矛盾は、写真が商品に移行するにはその矛盾を抱え込まなければならないことが、絶対の前提条件になるだろう。写真は商品になっていく過程から逃れることはできないだろうし、元々写真は最初から“絵描きのための資料”として売買されていたという商品性をその起源に刻印されている存在なのだ。マーケットで交換されなければ、ものは、それ自身の価値を表出できないように、写真も何かと交換されることでしかその価値を表出することができないことをアジェは無意識に知っていたのだろう。
貨幣それ自体は何の価値も持たない透明な存在で、何かと交換されることで初めて価値を表出するように、写真も貨幣と同じように何かを写したことによって写真という存在が表われる。写真はそれ自身で己の姿を表すことができず、何かの対象に頼らなければ自身の姿を表すことができない。写真はだから自身で現れることのできない、常に何かに取り憑くことによって現れる亡霊か悪霊のようであり、目に見えない存在でありながら、何かに取り憑くことでその正体を見えないけれど現わすことができる。遠近法の消失点や数学における虚数のように、実在しないけれど最終的に写真が成立するには、被写体や印画紙やフィルムではなく、その亡霊のような目に見えない存在が常にそこに召還されなければならない。写真はだから本質的存在として確定記述することができず、写した被写体にも、印画紙という物質にも、フィルムの中にも何処にも存在することができない。その実在するもの同士の関係の網目の中に、常に見えない形で存在するのだ。
“絵描きのための資料”として交換されることで価値を表す写真は、それ自身として価値を表出することが最初から放棄されていたのだ。絵描きのための資料や新聞のニュースの挿絵代わりという風に、写真が写真自体で成立することができずに、常に何かのために使用されることでしか、その価値と存在を表すことができない。写真それ自体には何の意味も存在しないものであり、写真そのものに価値があるのなら、何かのために使用されたときに、自身が持っている価値が手段として成立することを邪魔するだろう。価値が零だからこそあらゆるジャンルから便利な手段として使用される。
写真は近代的テクノロジーが人間の訓練された身体的能力や勘というインスピレーションを凌駕することを肯定する。視力が3.0あるよりもレーダーの方が相手を何万メートルの先から発見できるだろうし、飛行時間千時間を前提とするドックファイト的な空中格闘技よりも、飛行時間三百時間程度でも相手に勝つことのできる一撃離脱方法の方が優れているように、カメラという機械を使用する写真にとって近代的テクノロジーは熟練者の技や知性を凌駕するだろう。20世紀の芸術にとってフォード式の工場のような、熟練者を必要としない誰でもすぐできるシステムの方が重要なのだ。だから写真は凡庸であることを要求するだろうし、写真は元々凡庸であることや、他者の写真と区別のつかない匿名性を志向していた。写真は製品だったのであり、製品として成立するには匿名性という誰が作ったかはどうでもいいことだったことが、芸術作品という商品に転化したときに写真は作者という署名を必要とするようになる。匿名とは相反する領域を写真に要求される。写真において製品が作品に転化するときに、その製品的性質は棄却されるのではなく、作品と製品という二重のレベルを維持していかなければない。製品であることと作品であること、匿名であることと署名されたものであることという二重の領域を写真は引き受けるのであり、誰でもできるものでありながら、誰にもできないという決定不能の分裂的現実を写真家は生き続けなければならないように、名前を棄却することを要求されながら、名前を常に語らなければならないのだ。
写真に天才は必要ではなく、ベルトコンベアー工場のようにいつまでも無表情に働き続けることだけが求められる。写真作品の制作とはだからそれは創造ではなく労働であり、インスピレーションの赴くままに制作を行うのではなく、馬車馬のように無言で働き続けることが要求されるのだ。ウイリアム・クラインのドックファイト的な熟練したストリート・スナップよりも、ロバート・フランクのノーファインダー撮影や取りあえずシャッターを押してみた、いい加減な出会い頭的な撮り方や、ゲイリー・ウィノグランドの何も考えずに、動物的な反射神経だけで被写体に向かって一歩一歩シャッターを切って行くような撮り方や、一切の感情を込めないでカタログか物撮りのような撮影方法を終始選択し続けたベッヒャー夫妻のようなシステマチックな撮り方の方が、よりインダストリアルな芸術の本性に近く、それは表現行為というよりも労働に近似するだろう。
金村修

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