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Report / 金村修の言葉 2011年4期 10月10日〜12月19日
講評中の金村修の言葉を タカザワケンジが毎回ピックアップ
2011年4期 第一回 10月10日
写真の面白さよりもフレーミング
−−受講生が持参した作品は大きくわけて二通り。街を写したものと、戦争遺跡(一見してそうとはわからない。写真参照)。
  金村が選んだのは戦争遺跡の、何もない荒れ地のような場所。

この三枚が面白いのは対象が面白いというよりも、フレーミングが厳密なんだよ。
たぶん、これってシンボルがないからそうなるんだよ。街の写真みたいに看板とか電柱がないから、自分でフレームを作るしかない。
だから厳密になるんだ。
街の写真は看板とかに頼ってる。こっちは、これをどう画面として成立させるか迷っているから、面白くなる。
2011年4期 第二回 10月17日
一つの法則で撮れればいい
写真作家の人って規則を決めて撮ってる。
俺の場合なら電柱から5メートル。順光。空はこれくらいの割合で入る、とかね。決められたら自動的に撮れるから。
あれもこれも撮らなきゃいけないというのは幻想。一つの法則で撮れればいいから。
2011年4期 第三回 10月24日
問いには問いで
「何を撮ってるんだ?」と聞かれたら「何を撮ってるんでしょうねえ」と答えるんですよ。
スフィンクスと同じ。問いには問いで答えるんです。
2011年4期 第四回 10月31日
飽きる写真・飽きない写真
−−「同じような写真ばかりに見えないですか」と自分の写真について不安な受講生に対して、金村の回答は──。

たしかにこれを同じという人もいるでしょう。
ドキュメンタリー・カメラマンみたいに上から撮ったり下から撮ったりっていう写真に比べれば。
でも、実は、そっちのほうが飽きるんだよ。撮り方ばっかり目に付くから。
実際、この写真は1枚1枚がすごく違うんですよ。葉や枝が個別にはっきりと見える。モノが見えれば飽きないんですよ。
2011年4期 第五回 11月7日
カメラと撮影者が合っていない
−−マジックアワー。光量が少ない状況での写真はブレやすい。作品の狙いによっては「ブレ」がマイナスになるわけだが……。

カメラ変えるか、三脚買うか、思い切りブラして撮るか。カメラと撮影者、被写体が合ってないんだよ。
どうしても三脚を使いたくないなら、日常を撮るとか、スナップにするしかない。
でも、日常に行き詰まったからこういう写真を撮ってるわけでしょう。

−−三脚はめんどくさい、と受講生。

高さを決めて撮ればラクだよ。被写ごとに高さを考えているとつまらなくなる。
たとえば『俺は地上165センチでしか撮らない』と決めればいい。

−−おすすめの三脚はジッツオだそうです。
2011年4期 第六回 11月14日
「私」「私」「私」…
−−最近の写真の「傾向」について。

デジタルになったからこんなにいじれます、みたいな。非常につまらないよね。
写真の公募展見ても面白いものなんかない。頭で考えてる想定内なんですよ。
そして、文章はつねに「私」「私」「私」。俺はあなたに興味なんかない。
2011年4期 第七回 11月28日
写真と撮影技術について
写真の精度を上げる、技術的向上は重要か。俺はそうは思わない。積み上げたところで所詮、行き着く先は××××。

*「××××」のところにはさる写真家の名前が入ります。
2011年4期 第八回 12月5日
撮影場所
ここに住んじゃダメだよ(笑)。住んじゃうとすごくつまんなくなるから。写真家は通ったほうがいいんだよ。
2011年4期 第九回 12月12日
写真を撮ることは「楽しい」か
楽しくなくたっていいんじゃない?芸術は感情の問題じゃない。楽しいとか楽しくないかなんて、芸術も写真ともまったく関係ない。
2011年4期 第十回 12月19日
被写体の意味
なるべく被写体の意味を落としていって、かたちだけにしていく。そのときに何が見えるか。それって難しいことなんだよね。
そういう写真を撮っているとロボットだと言われるしね。でも、ロボットでいいと思うけどね。
ロボットになれたらいいけど、なれないから。理想はロボットが撮って作品になるか?でしょう。

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